「神なき知育は智恵ある悪魔を造り、神有る教育は愛ある智恵に人を導く」とは、イタリアの有名なことわざです。幼き日に天地万物の創り主を覚えることは、実に教育の根本だと思います。
人にはそれぞれ神から与えられた賜物があります。それは植物にたとえるなら種のようなものです。種は自らの中に生命を宿し、その種の特性(天性)をもち備えています。この天性を充分に発揮し、すこやかに成長できるように援助することが教師のつとめと思っています。
天分の個性を開花させるべき教育は、ただの思いつきや、時流との安易な迎合であってはなりません。その実践のためには、学的根拠の上に立ち、永劫不変な教育理念を探究し続ける園を目指します。
子育ちの最終目標が自立にあるとするなら、日々の生活が子供達にとって自発的・主体的なものでなければなりません。それを実現するのが「遊び」なのです。また、人の生き方に影響を与えるような真の知恵は体験を通して獲得されるものだと思います。その意味から、当園では遊び・体験を大切にした保育を展開しています。
人間のいとなみは自然との調和があって成り立つものです。北見の豊かな自然に触れて生活し、その大きさ、美しさ、不思議さに気付かせたいと思います。また、幼児の親しみやすい動植物に触れる機会をもたせ、それをいたわり、大切にしようとする気持ちを育てます。
「はだし」が土ふまずの形成に大きな影響を与え、また、脳や心臓の働きを活発にすることは、医学的にも広く認められているところです。日常生活のうち可能な範囲で「はだし」になる習慣を身につけ、健康なからだづくりを目指します。
幼児の特性を表現したことわざに「云うことは聞かぬが、することは真似る」というのがありますが、この時期の教育の基本は大人が手本を示すしかないのです。その意味で、家庭と園(教師)が一丸となって、精いっぱい子供と関わりながら共に歩んでまいります。
幼稚園(Kindergarten)は文字通り、幼な子の命を育む園(その)でなければなりません。そのために、よりアットホームな環境を大切にしています。
子供の個性をより深く見抜くためには、多角的視点から見つめる必要があります。当園ではクラス担任制をとってはいますが、クラスという狭い枠にとらわれることなく、すべての教師が全園児一人ひとりを把握し、たえず連けいをとりながら保育するチームティーチングを行っております。
通院や小学校授業参観、その他の事情で、降園時のお迎えが出来ない時には、2時以降も園児をお預りします。その様な折りには、ご気軽にご連絡下さい。